それには、2つの理由があります。
1.不平不満からは何も生まれない。
2.不平不満を言わないことで自分が鍛えられる。
1つ目については、私は不平不満を周りの人に言うことで、解決することは自分が何となくすっきりするくらいだと思っています。それによって、何かが前に進んだりすることはあまりないと思っています。
また、受け手(その不平不満を聞く人側)の立場に立って考えると、その人たちはきっと苦笑いしかできず、その不平不満を聞いてるときにはきっと楽しめたりはしてないだろうなと思っています。
したがって、不平不満を言うことは、自分の気持ちが少し楽になることはあるが、周りには悪い影響や相談する人との関係性を考えると、プラスにはならずどちらかというとマイナスのことが多いのではないかと考えています。
また、2つ目に書いたように、私は不平不満を言わないことで自分が鍛えられると考えています。
不平不満の気持ちが沸き起こったときに、自分の中できちんとその背景や理由を考え、その対応策などを考えたりしたり、その不平不満の気持ちを自分の中で抑えたりすることで、自分の思考能力や忍耐力のキャパシティ、人間力などが向上すると思っています。
なので、不平不満を溜めすぎるのもよくないとは思いますが、うまくそれを自分の中で消化できるうちは消化する訓練をするべきだろうなぁと思うわけです。
まずは自分が我慢できる範囲で、不平不満は言わないようにしてみよう。























私も、不平不満は邪悪な要素だと思います。
がしかし、本当に邪悪なのは、不平不満を言わせない風潮、KYと呼ばれることでは無いでしょうか。
考えた末に、自分に非があるならともかく、不平不満があるならば発言するべきではないでしょうか。
それはわがままではなく、その集団の為になる発言だと私は考えます。
思いつきのわがままならともかく、考えた上での不平不満なら受け止められるはずです。(違うなら違うと言うべきでもある)
言いたいことを我慢してしまう風潮は、とんでもないわがまま人間を生む温床となります。
必要以上にKYを恐れる日本人は、両者ともため込んでしまう風潮にあると思います。
それが、「いつもニコニコしているが、意見を言わないので何を考えているか分からない」「NOと言えない日本人」「分かっているような顔をして、何も分かっていない」という国民性であると欧米から思われてしまう原因になっているとも考えられます。
また、その様な風潮が他の先進国では考えられないような、「日本の労働条件の常識」を生み出しているのではないでしょうか。
言うべき不満は言い、いらないことはじっと黙って言わない。これがベストでしょうね。
実際に、その上司は学歴が割と高いというほか、なにも管理が出来ないタイプ。特に人の。
お客様の事を考えているのは自分が一番と思い込む発言。
文章が一番映えていると思い込んでいる。実際はそうでもなく、正しい事を追求しすぎてお客様には魅力的な文章ではない。
プライドが高く下に対する失言多し。
役に立たないまま上に登ってしまったようだ。
この夏はタイマンでその上司にブちぎれてしまったし。
それからもまだ若干わだかまりはある。向こうは少しやさしい。
なんかね、嫌らしくもこちらが顔色伺ってコントロールしなきゃ面倒だなーていうことを学んだ。
傷つけないようにこちらが教えたりごまかしたり。
同僚との昼休みはそんな作戦会議だったりする。
ちなみに去年新人だった私は、その上司の言う事を鵜呑みにしすぎて自分を責めてしまい去年の夏に病気になり1ヶ月休みました。
さらりと流さられればいいよね、
長文失礼しました。
つまり、いいように使えるって事ですよ。
まあ、ロボットって事だよね。
でも、これはある意味正しい。
企業は利益向上に繋がるし、利益拡大による雇用も生まれるからね。
だから、職場では感情を無くしたロボットになり、自宅に帰ってきたら人間に戻ればいいんだよ。